新しい時代をリードする!起業家として成功する為の20の方法

常とは何だ?守るべき常識と壊すべき常識を見極め創造力を解放つ

「常って何だろう」なんて考えることは、日常的にはあまり機会のないものかもしれない。日常に疑念を抱いていると生き難さを感じることが多く、発見は多いが摩擦も多い。疑いなく暮らしていきたいと願う者にはおすすめ出来ることではない。だが、それでも起業するなら常とは何かということなどは考えられた方が良い。幸せというのとはまた違うものかもしれないが、確かな喜びはある。

要するに、常って何だ?と考えること自体が既に常ではない。その常ではない思考経路が、創造の第一歩となる。あくまでも、常ではない思考をしたところで創造が成されるというわけではなく、常ではない思考をしてようやく創造的な模索を成すことが出来るようになるということ。

個性と創造性には近しいものがある。それに対するものとして社会性と知性があるが、それらもやはり近しいものがある。ここでは再三繰り返しに言っていることだが、たとえ相反している二つが目の前にあったとしても模索の段階では双方が必要だ。個性も創造性も社会性も知性も、この段階では全てが必要だ。ただし実行の段階では限界に応じて選び取る柔軟性も必要になる。

「常識」というのは、疑うまでもなく依存出来る認識のことだ。疑うまでもなくそれに依存することで、普段から知覚している事象との摩擦を減らし、その摩擦が少ない分だけ他の行為に充てられる。決して無意義なものではなく、このワケの分からない世界で人が正気で生きていくには常識は必要不可欠だ。

人は本来なら空を恐れる。宇宙が恐い。いや、自身がこの世に存在しているという感覚自体が恐ろしい。幼少期にそのような感覚を経験した記憶が残っている人は多いのではないだろうか?目の前にゾンビや怪物が居るとか居ないだとかそういうはっきりとした恐怖ではない。深い底の方から漂ってくるような、ただただ漠然としていて見えない恐怖。恐怖というよりも「ただ不思議な感覚」と言った方が分かり易い。

その感覚は、成長につれて常識を身につけていくと抱かないようになる。ここで少し、画家などの芸術家を思い浮かべてほしい。彼らはよく幼少期の感覚や子供の感覚を大切にする。その理由が正にそれなのだ。芸術家にとって創造性は必要不可欠なものだが、それを身につけるために「あの頃の感覚」を渇望することは稀ではなく常套手段だ。

創造性というのは、それを高めようと思えば、そのように「常識を身につける前段階」をベースに模索していくのが最も効率が良い。つまり、既に生活していくために常識を身につけてしまった人は、自分の中にある常識を一つずつ壊していかなければならない。壊すと言っても記憶を消すということではない。不使用にするということだ。

まず、ここまでに書かれていることは理解出来るまで熟読して、必ず理解しておいてほしい。ここに書かれていることは特筆して重要なことである。

次に、あくまでも創造性だけでなく知性も必要であるということも必ず意識しておかなければならない。でなければ、極端な話をすると使用出来る認識が原始人並みになる。知識があるから人は歴史の恩恵を活かすことが出来るということは忘れてはならない。先進するには知性と創造性によって、先人の功を活かしながら己の功を相乗させていく必要がある。

常識を壊す目的は、常識を再構成するためであり、壊したまま放っておくためではない。その再構成された常識こそが、しばらくの間守るべき常識となる。

しかし、注意点もある。常識を壊すと常識を再構成するまでの間は摩擦を感じることが多くなる。それについては人の限界について触れた記事で詳細を。それから、無論で違法もNGだ。