新しい時代をリードする!起業家として成功する為の20の方法

人も企業も良識が問われる。良識とは何かをよく考えよく知ろう

良識、と一言に言っても良し悪しの基準などないとも言えれば多すぎるくらいにあるとも言える。法令遵守も良識の一つに含まれるだろう。

動物を無暗に殺処分しないとか、自然環境を汚さないとか、汚染された環境を浄化する、とか、他者の尊厳を大切にする、とか。そういうものだ。取り分け、先進国家の企業では良識のアピールは当然のものとなっている。私としては、評価のためだからとか当然だからという理由で良識を持つというのは少々痒いところだが、ないよりあった方がいいのは事実だ。それについては後で触れよう。ひとまず、日本もそれに厳しい。そうした社会的責任のことをCSRと呼ばれている。

小さな組織であれば責任がでかでかとすることもないが、上場企業のような大きくなった組織は抱える責任も大きくなる。ステークホルダーといった利害関係者の数が増えていくことになるからだ。利害関係など、究極的にはもはや全てに利害関係があると思っておいて良いものだろう。実際と究極は考え方が全く違うが、究極を見据えておけば後は実際を見据えるだけで良い。

人は、一人で又は一つの組織で全ての良識を持てるわけではない。つまり、ここでも選択が問われる。この社会や世界にどんな良さを求めたいかを考えると良いだろう。

例えば、紙パルプ産業は木がなくなると困る。そして森林伐採の問題は問題として取り上げられてから日も浅くないほどに一般に知れ渡る問題となった。そこで、植林活動を積極化する。戦略的にそれを考える企業もある。一般で問題意識が高まっているものに焦点を絞って活動内容を決める。

ただし、私が推奨したいのは、企業としての戦略に比重を置いた決定ではなく、あくまでも人としての本心による決定だ。無論、一般に分かりやすく脚色していなければ無理解が付きまとうことの方が多い。しかし、一般もいつまでもその限りではない。時代は変わっていく。時代が進めば一般も共同的に精神性は変わっていき、よりセンシティブになっていく。そうなれば、疑わしいものは疑われ、国民全体でより本質を求めていくようになる。

いつか、本質の見方が一般でも確立された時代は到来する。何故なら、そうしたいと願って行動している者も数多く居るからだ。そうなれば、本心が容易に見抜かれることもある。既に目敏い人間は増えてきている。それに気づけなければ、評価は落ちていく。それが決定的に影響してくるのは何年後かは分からない。5年後かもしれないし、30年後かもしれないし、100年後かもしれない。いつになるにせよ、気付かない間に徐々に変わっていくのは確かだ。

そう考えると、これから起業して長く存続させて大きくさせていくことを望むなら、本心をそのまま社会に映写していく度量はあった方が良く、利害関係者の多くはそれを歓迎するだろう。少なくとも私は企業のホームページを見る時、意志がどれだけ積極的に発信されているかを最初に見る。それによって信頼性を判断する。あまりによく聞く決まり文句で埋まっているようだと、本心や特徴といった会社の本当の顔が隠れるので無視することの方が多い。

故に、社会的責任や慈善といったものには、人としての意識を貫いていく気があるのであれば、決まりきった定義など持たない方が良いのだ。とは言え、法・客観・事務的に形式的な文言や定義が必要になることもある。だが、顔を見せる時は定義や決まりで顔を覆うことなく胸を張っている方が良い。

良識が何かということは、本心で考えるようにしよう。そして、戦略としてではない形で多くの人の「求める声」に興味を持とう。偽善と言われても本心に信念を。