新しい時代をリードする!起業家として成功する為の20の方法

起業家は少数派である。多数派と少数派の間に隔たる壁を打ち壊す

社会には多数決で決まるものが多い。しかし、あくまでも多数は絶対の理ではない。すなわち絶対の決など在るとは思わない方が良い。選択というのは、選択と向き合った人間の心が決めることであり、それは理ではない。心苦しいことだが、人は何かを選ぶ時、理想に目を瞑ってでも何かを捨てなければならないこともある。聞き慣れた言葉だと感じる人も多いだろうが、肝心なところでそれが改めて骨身に染みるものだ。

多数決が無力であるということではない。多数決によって暫定的にでも多数の意思確認をした上でそれを汲み取った決を採ることは必須だ。多数決にも確かな意義がある。しかし、多数にしか視野が及ばず、少数を無視してしまえばそれは問題になる。少数派には有力者が当てはまることも多々ある。そこに板挟みの難題がある。

少々ややこしい言い回しになってしまったが、つまり人は、二つあったものをどちらかの一つに決めてしまうことで実行範囲を半分狭めてしまう。それについてはどう意識して取り組んでも良いものだが、原理として人の世はそういうものであるということは必ず認知しておく必要がある。認知の段階から実行範囲を狭めてしまうことがある可能性を事前に把握出来ているのと出来ていないのとでは、大きな違いが生じる。

結果と経過の関係もそれと同じようなものだ。ある事柄に対してそれを結果と呼ぶか経過と呼ぶかも、人間の気持ちに左右される。粗末な言い方になってしまうが、「どうとでも言えること」である。そして全ての「概念」に言える。一つの事象に対して概念が二つに分裂して並んでいるとすれば、何であっても原則的にどうとでも言えるものなのである。

例えば「アメリカから日本へ移り住んだトニーが貯金だけで生計を立てながら日本のテレビゲームをプレイすることで日本語の勉強をしている」という事象があるとする。日本語の勉強をゲームを通して行っていることは積極的だろうか?消極的だろうか?どちらとも言える。故に、ここでは積極的派vs消極的派の勝敗を決して盲目的に一つの概念で捉えることは理想的ではない。どちらかではないと考えて、どちらもの考え方を持つことが理想的だ。

そのように、どちらかであると言ってしまった時、原則的に人は盲目になっていると言える。その盲目の全てを克服していこうと思えば、半永久的な闘いが始まる。それは人としての宿命でもあれば、避けて通ることが出来てしまう道でもある。起業家に必ずしも必要な命題とは言い難く、学者や評論家にでも任せておくのが無難だ。

しかし、人としての格はそれによっても問われる。一方しか視野に入れることが出来ない人間と、双方を視野に入れることが出来る人間、どちらが見識に期待が持てる人材かと言えばそれは後者だ。

その反面、かと言って前者が無意義な存在かと言えばそうでもない。前者は視野を狭める代わりに他に労を割くことが出来る。つまり実行力に長ける。あくまでもどこにどれだけの労を分配するかという部分が違うだけである。プロセスや環境からの必要に応じて、多彩な切り替えが出来るのが好ましい。

ここまで読んできたなら、「多数派と少数派の間に隔たる壁を打ち壊す」の真意も伝わっているだろう。実行の段階では限界として両者に住み分けが必要になってしまうこともあり得るが、あくまでも実行の前段階では双方を見据えられていなければならない。

貴方がこれから起業すれば、いずれ経営者として、少数派としての孤独や無理解を感じることもあるだろう。既にそんな孤独を感じてきた者も居るだろう。それでも、多数派を理解する意識を保ち続けることが理想であり、成功までの道のりだ。