新しい時代をリードする!起業家として成功する為の20の方法

知識と見識の違いは実感の有無。識を高めるには実感の有無が重要

どれだけ知識をつけても、実感に至らなければ空疎なものでしかない。知識に実感がなければ、いざという時にどんな知識が必要で、その知識をどれだけの信頼度で用いれば良いのかという判断が全く出来ずに困ることがある。ここにある記述をどう読んでいくかにしても、実感の有無は深く関わってくる。知識として暗記して身につけるためのものではなく、考えて実感しながら見識として身につけるためのものだ。

ここでは起業家である前に人であることを意識したものも多い。起業家でなくとも実力者なら大抵がわきまえているような内容だ。誰にも共通しているのは、よく考えているということだ。最も危惧しているのは、よく考えていれば分かることが考えていないから分かっていなかった、ということだ。上位である起業家を目指すにしても、こうして前段階からの努力をしておくなら、考えることは避けては通れない道と言っても良い。

実感というのは、ただ読んだり知ったりするだけでは得難いものでもある。聞いて理解するだけでなく、更に自分の頭で経験則や他の情報と照らし合わせたりして、整合性を確認出来ていなければならない。そうして納得出来てこそ、使えるものになる。それが今に出来なくても、今後の経験やまた別の理念を得ていくことで実感出来なければならない。

更に、そうした理念的な見識を備えるだけに留まらず、実際に興味のある現場を見てきたり、働いてみたり、聞いてみたり、そうした実体を伴う経験も見識となり、それも重要だ。特に、形があってようやく深く考えることが出来る、と感じることが多い人にはそういった経路は不可欠になるだろう。過度に気負いはせずとも、積極的に取り組んでいくのが好ましい。

実感というのはそもそも何か。それは「自分と知識との関係性の自覚」とイメージするのが分かりやすい。自分と関係のない知識だと思っていたままでは、見識として有効かつ効率的に活用していくことが難しい。ここにあるのは、起業家以前に人であれば誰にでも関係のある記述が多い。起業家を目指す人がそれと自分は関係ないと思っていては、本質どころの話ではない。故に、ここにある記述が自分と何がどう関係しているのかをよくよく熟考しておきたい。

フィクションの小説を読む時も同じだ。フィクションの小説を読むことで見識を深めてきた人と、それと同じだけ読んできてもそうならなかった人。どこにその違いがあるかというと、自分と小説との関係にある。

「あくまでもこれは架空の創造物であって現実に生きる自分とは関係ない。娯楽として楽しめれば良い。」として自分と小説の間に境界線を引いて関係性を放棄してしまうのと、「現実に存在するものを参考に現実に存在する人が書いたものだから現実に生きる自分には関係ある。それを読んで考えているのも現実の自分。」として境界線を打ち砕いて関係性を確立するのとでは、実入りが全く違う。

そんな意識の差による実入りの差が、知識と見識の差となる。煮込んで煮込んで煮崩れするくらい考えるくらいが丁度良い。考えることが嫌いな人でも、慣れれば楽しめるようになる。それでも考えることが嫌いなら、それはそれでやり様もあるが、どちらが後々苦労するかと言えば、前もって考えておかなかった方が苦労する。

こうして記述を並べてきてはいるものの、一貫して強調したいのは、言われるまでもなく自身で考えていく力を身につけることである。そのため、時には他者の言論にも頼らず自分だけで深く考えていく時間も築くようにしたい。実に、自身に自信を持って自身の見識を深めようと思ったら、それが手っ取り早い。